a rootless wanderer
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順境は友を呼び、逆境は・・・
最近、友達のありがたさをつくづく感じます。
いいときには人は勝手に集まってきますが、悪いときに付き合ってくれる人というのは極少数です。
もし私が逆の立場でも、そういうふうに振る舞えるかはわかりません。
それが悪いかというとそうでもないでしょう。
むしろそれが普通だと思います。
だからこそ、そうでない友達は心から尊敬し、一生の宝にしたいと思うのです。

良き友達は財産です。
本当にそう思います。

いつもありがとう。
君がしてくれたことは絶対に忘れない。
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暗闇
今、私の心は暗闇の真っ只中です。

今週、遠距離恋愛をしていた彼女と別れました。
別れたというより、振られました。
人生で、本気で結婚を考えた二人目の女性でした。

理由は私の現状から、将来が見えないのが自分にとってリスクでしかなく、そういう自分の力ではどうすることもできないリスクを負いたくないということでした。
他にもいろいろ言われましたが、本当は「冷めた」というこの一言に尽きるでしょう。

遠距離恋愛って難しい。
簡単に会いに行ける距離じゃないから、会いに行くと言ったら向こうも来なくていいと言います。
でも行っておけばよかったと後悔しきりです。
行くべきタイミングというのがあったはずで、それを逃してしまいました。

やっぱり恋愛は会うことが基本だと思います。
そういう意味では、付き合いだして間もなく遠距離になるパターンが一番困難です。
遠距離で続くのは、それまでに一緒に過ごした経験が長くて濃い二人だけではないでしょうか。
それか、定期的に絶対会う機会がある二人。

私と彼女にはその両方がありませんでした。
私は彼女の不満を感じつつも、なんとなくこちらの頑張りを相手もわかってくれているだろうと甘く考えていたところがありました。
来なくていいという彼女の言葉を、文字通り、今は自分のやるべきことを頑張ってという意味に捉え、彼女の本当の気持ちを思いやることができませんでした。
電話は毎日していましたが・・
もっとこれからどうするか、いついつまでに絶対にこうするから、それまであんまり会えないけど、僕の事を応援して欲しいとはっきり言っていれば彼女の不安も少しは軽減されたかもしれません。
結局はそういう不信感が募り募って、私自身に対する気持ちも萎えてきてしまったのでしょう。
与えることも、そばにいることもできなかった。
仕方ありません。

最後に、彼女が別件でこっちに来て、お願いして会ってもらったのですが、「もう好きじゃない」と言ったときの彼女の冷たい目が忘れられません。

メンタルが決して強くないので、あのときのことがしばらくトラウマになりそうです(笑)

それから、いろんな友達に話を聞いてもらって、夜は家に帰ってついつい涙が流れていることもあります。
性格も合わないし、価値観も合わない人で、いつかは別々の道を選ぶのかもしれないと感じてはいましたが、やはりショックです。
自分としては相当頑張ったつもりでしたから。

人生はどんなに準備していても、なるときになるようになるものなので、あれこれ先のことを決めてしまっても仕方ないところがある。
自分のどうしようもないことに自分の人生が影響されてしまうのをリスクと呼ぶのだとしたら、人生はリスクだらけではないでしょうか。
たとえば、いつ自分が死ぬのかわかるのでしょうか。
私はそれよりはその人を好きだと感じる自分の気持ちに従う方です。
でも相手もそうとは限らないですからね。
まして彼女は私より5歳若い。
大学院を出たてでこれから社会へ出ていく人です。
彼女の中では計画通りにならなかったことなどほとんどないのでしょう。

彼女のことを応援したい気持ちはありますが、どうしてもそうできません。
私の方も人生で一番辛い時期ですから、別れても彼女を寛容に見てあげることはできません。

今は、否認、抑圧、退行、反動形成、合理化という教科書通りの防衛機制を辿り、それを何度も繰り返しながら、やっと昇華の方向へと気持ちを向けることができ始めています。
油断したらまた泣きそうになっていることもありますけど。
焦らず、少しづつ前を向いていくしかないのかなあと思います。
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原賠法と国賠法
月刊FACTAという情報誌の、東電賠償問題に関する久保利先生のインタビューを読みました。

久保利 英明(弁護士[日比谷パーク法律事務所代表]):FACTA online 

その中で、原子力損害の賠償に関する法律(以下、「原賠法」)は国家賠償法(以下、「国賠法」)の適用を排除しているという旨の発言があったので、気になって調べてみました。
実は原賠法の条文を読んだのは初めてで、わずか26条しかない法律とはいえ、些か迷いました。
どうやら、4条1項が問題となるようです。
4条1項は3条を引いていますので、3条から載せます。

(無過失責任、責任の集中等)
第3条  原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。
2  (略)
第4条  前条の場合においては、同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は、その損害を賠償する責めに任じない。
2・3 (略)
(※下線は筆者)

久保利先生はこの下線を引いた所のことを仰っていたようです。
ここでいう「同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者」は東京電力になるでしょうから、このまま読むと確かに第三者たる国には賠償責任は生じないことになり、国に対する賠償責任を請求するための要件を定めた法律である国賠法は適用されないということになりそうです。

う〜ん、原賠法の目的は被害者の救済と原子力事業の健全な発達(1条)なのに、これではその目的も全うされないのではないか?と疑問に思えます。
被害者の十全な救済なくして原子力事業の健全な発達などあり得ないというべきでしょう。

ところで、この点に関しては、第一東京弁護士会のHPに解説があります。


これによると、民法709条等は排除されるけれども、国賠法まで排除されると明確に述べた裁判例はないようです。
ただし、科学技術庁原子局が国賠法も排除されるという見解を出しているようです。
そうだとしても、これは単なる行政の判断に過ぎませんから、司法がこれに従うべき理由は特にありません。
原賠法は広い意味での供給者の免責をするものであって、国まで免責するものではないという見解に私も賛成です。

原子力事業は非常に大規模な事業ですから、民間の関係者も大勢いるわけで、そうした関係者全てに不法行為責任を負わせていたら訴訟が複雑化、長期化するのは目に見えています。
訴訟を提起する相手方を探すだけでも、原告は大変な負担を負わなければなりません。
他方、事業関係者も、どの範囲まで責任を負わなければならないのかが不明確なため、事業への参加が躊躇されるようになれば、原子力事業全体への負の影響も大きいでしょう。
原賠法はこうした事情から、事業にかかる責任の範囲を明確にしたものと私は考えます。
したがって、原子力事業を監督すべき国まで原賠法によって免責するのは法の趣旨とは違うし、そういう解釈は不合理です。
国は原子力事業の監督者として、安全性を確保し、任務懈怠があれば是正すべき立場にあるのですから、単なる事業関係者ではないはずです。
加えて、賠償能力も一番あるわけですから、被害者救済のためには免責すべきではありません。

このような理由から、私はたとえ国賠訴訟を提起しても原賠法の適用除外を理由に却下されることはないと思いますが、どうなのでしょうか。

もっとも、夏には関連法案も次々に成立し、東電への公的資金注入も決まって、今回の東電賠償問題はやや政治的な様相を呈してきましたから、裁判所がどういう判断をするかは予測がつきません。

日本全体として見れば、賠償の連鎖となる事態はなるべくなら避けたいところですから、国によって専断的な救済策が講じられれば一番いいのでしょうが、東電の尋常でない役員報酬を許してしまっていたり、公的資金注入を早々に決めてしまっているのを見るかぎり、その気はないのだろうと思えます。
これから日本の弁護士は忙しくなるでしょうが、たとえ個々の訴訟に勝ったとしても、果たして手放しで喜んでいいものかどうか、弁護士の職責について自問自答の日々が始まりそうです。
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長男と一人っ子。
 性格判断/相性占い: ・第一子:男性

これ当たってるなー。

私は3人兄弟の長男なんですけど、結構頷けるものが多いですね。

・無口。何を考えているか分からない
・自分の気持ちを重視しない
・見た目に華がない
・自分の事を最初に考えない
・リアクションが薄い。感情表現にベールがかかっている
・自分の気持ちを表に出さず秘めておく

このへんはまさに。
よく他人からも指摘されます。
根本的には自分のことが大好きなんですが、他人に対して常に譲っちゃうんですよね。

>最も相性の良い関係:末っ子・女性

ほんとかな?
そうじゃなかった経験もあるんだけど(笑)
でも確かに、お兄ちゃんやお姉ちゃんに対して甘えなれてる末っ子は甘えるのが上手いってのはあるかもしれません。
ものすごく可愛い笑顔で頼みごとをしてきたら、お兄ちゃんとしては言うことを聞かざるを得ない。
でも、あまりにもお兄ちゃん風を吹かせると、かえって避けられそうです。
生まれた時から上がいるというのは苦労も多かったでしょうからね。
末っ子は兄弟という小社会の中で生きていく術として甘える技術というものを身につけたとも考えられるわけで、実際末っ子にしかわからない苦労もしてると思います。
長男と末っ子のどっちがわがままかというと、ケースバイケースですしね。
そんなわけで、わざわざお兄ちゃん的な人を探して自分の恋人にしたいとはあまり思わないんじゃないかと。
潜在意識のなかではあるかもしれませんけどね。

あと、一人っ子考も面白かった。

・劇的に気が利かない
・いくつになってもフリル付きのスカートをはく
・話にオチがない
・母性がない

これはよくわかる気がしました(笑)
まさにそういう人をよく知ってます。
あと、一人っ子って本当に親の言うことをよく聞く気がします。
特に女の子。
道から外れたことはしませんからね。

あとは、これにさらに付け加えるとしたら、

・なお、以上のことに非常に無自覚的である。

ですね。
というのも、兄弟のいる人と比べて、指摘してくれる人が周りにいないことが多いんじゃないかと思うからです。
私はよく兄弟から「お前性格悪いから結婚はできないよ」と言われます(笑)
だからある程度自覚してますけどね・・

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灰かぶりの道
 さっき仕事をやめてネットのニュースを見ていたら、世田谷で安全値の11倍の放射線を観測したらしいですね。
場所は弦巻の歩道だそうで、通行するだけなら問題はないが念のため周囲を規制したとか言ってました。
えっ、住宅街の歩道で高放射線量観測したのなら、その周辺の家に住んでる人達は・・?
通行するだけなら・・って、そりゃそこは確かに歩道かもしれないけども。

空から塵になって降り注いでる放射性物質があって、それを地上で点々と計測しているカウンターがあると・・
なんか呑気な話ですね。


関係無いですが、最近喉がかゆいです。
花粉飛んでるのかなあ。
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似たもの志向
B.B.キング
自らのギターにルシールと名づけている。その由来は、1950年代に遡る。キングがアーカンソー州トゥイストのクラブに出演した際、二人の男性が喧嘩を始めた。彼らは暖房を倒し燃料がこぼれて引火、クラブは大火事となってしまった。

キングと観客は外に避難したが、外に出てからキングは愛用のアコースティック・ギターをクラブに忘れてきてしまった事を思い出し、自らの命の危険を省みずに火の燃え盛る建物に戻り、ギターを救い出した。

翌日、キングは火事を起こした男性たちが「ルシール」という女性をめぐって争っていた事を知った。女性をめぐって争うような馬鹿なことを二度としないようにと以後彼のギターに「ルシール」という名をつけたのだという[6][7]

http://ja.wikipedia.org/wiki/B.B.%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0 


結構有名な話ですが、何でこんなもの引用したのでしょう。
ちょっと前に「BECK」という漫画と、それを原作にした映画がありました。
私も漫画のほうは全部読みました。

あの中でルシールといういわくつきのギターが出てくるんですね。
レスポールなんですが、ボディの数カ所に弾痕があるんです。

それを商品化して、わざわざボディに弾痕風にドリルで穴あけたギターが売られてるんです(笑)
しかもそれを買う人がいるのが驚きでした。

おそらくギターの名前からして、上記のB.B.キングの実話を基にしてるんでしょうが、どう考えても漫画より実話のほうがブルースしてる気がする・・

「もしドラ」が流行った時も思ったんですけど、なんでわざわざ人の解釈が介在したものを読むんでしょう。
いや、なんでって、そりゃとっつきやすいからってのはわかりますよ。
でもそのあと、原典読んだ人どれくらいいるんでしょう。
あそこまで他人のフンドシで相撲をとりきった本もなかなかないのでは、と思いましたが、世間の人はああいうのを好むんですね。

ハイブランドの服をそっくりそのまま作って堂々と売ってる「ブランド」がありますが、ああいうのを買う人達も似たようなものではないかと思います。

一言で言えば妥協なんでしょうか。
でも、そうとばかりは言えないような気もします。
ある価値のある商品に似たものを作っていると、それ自体に価値を見出す人が出てくるんですね。
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意味を問わずにいられない人
 最近、日常的な思いつき話ばかりしている気がして、ほんとつまらないブログだなあと思います。
まあこんなブログ、誰も読んでないとわかっていますが、一方でネットに乗っけてる以上は誰の目についてもおかしくないとの認識でいなければならないわけです。
そうすると、まだ見ぬ人々のために何か役に立つようなことの一つや二つ、書いたほうがいいのかなとも思ったりするのであって・・

さて、全く話は変わりますが、何をするにおいても意味がみつからないとやる気がしないという人っていますよね。
それやってなんの意味があるの?とか、そういうことを聞いてくる人です。

こういう問いかけは短期的な目標がはっきりしている場合には合理性のあるものだと思います。
たとえば、カレーを作ろうと思っているのに、シチューのルーを買いに行くのは意味がないと言っていいでしょう。

しかし、これが行き過ぎると、数学や歴史を勉強する意味がわからないとか言い出す病気に陥ることがあるようです。
教科書的にいえば、数学は論理的思考を磨くのに役立ち、歴史は過去を知ることで現在の諸事を理解し、未来の社会を作っていくことに役立つとまあそんなことにもなりましょうか。
まあこんなことをもっと丁寧に熱く語れば、相手はもうめんどくさくなって話題を変えてくれるでしょう。

でも思うんですよね。
そういう人が「意味」を問うている、それがカレーを作るためでなく、人生をよりよく生きるためであるなら、それを問うのは実はおかしな話ではないかと。
今生きている人が、今までの何が役に立って今の自分があるのか、どれくらいわかっているでしょうか。
そして、それは本当に今の自分になるために役に立ったのでしょうか。
本当はもっと他のことが貢献しているのではないでしょうか。
さらに、それをやっていたとき、将来の自分がこうなるとわかって、そのために意味を見出しながらそれをやれていたのでしょうか。

何にでも因果関係を求めるのは法律関係者の病気かもしれません。

無駄に思えることの中にも大事なことはあると思うのです。
それは精神的なことだけではありません。

私など、世の中意味のはっきりしないものの方が多くて、やってるときは本当にわからないけれど、結果的にそれによって何らかの意味を持たされていることがある。
意味を求めるなら、それはその事物の中にではなく、それを経た自分の中に見出すべきものではないかと思うのです。

ぬいぐるみに話しかけるような、他人から見て意味なく思える行為でも、その人にとっては自分の精神状態を落ち着かせ、自分自身と対話するという意味がある場合もあります。
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眠たい季節と本
最近快適な気候すぎて一日中眠いですね。
何かというと理由を付けて眠りたい私などには耐え難い季節です。

さて、今日図書館に本を返しに行ったついでに雑誌を借りて帰りました。
newsweekや中央公論なんかはよく借りるんですが、ダ・ヴィンチは初めて借りました。
といいますか、この雑誌はちゃんと読むのも初めてかもしれません。

9月号と10月号は借りられていたので8月号を。
ちなみに最新は11月号で、まだ貸し出していません。

これは書評雑誌なんですかね。
たまたまそういう企画だったんですかね。
内容はほとんど本の紹介とレビューだけでした。

まあ読者層的に私には合わなかったのかもしれませんが、なんか面白くなかった。
なんで本を読ますのにいちいちカッコつけなくちゃいけないんでしょうか。
紹介されてる本も特に興味が出ませんでした。
俳優さんが本の好みをインタビューで語っていたりするのも、なんでしょうね、こっちの気持ちが荒んでいるんでしょうね。
知らんがなと思ってしまいました。

しかし、この雑誌、コラム多いですね。
私が混ざってこっそりコラム書いていても違和感ないんじゃないかと思いました。

なんで借りたんやろ。

そういえば、この前借りた「宮崎正裕の剣道」は面白かった。
宮崎先生のインタビューで、
「宮崎さんは竹刀を刀だと思っていらっしゃいますか?」
「刀は持ったことがないのでわかりません。」
ってやりとりは面白かった。
話を聞いていてもあの方はやっぱり頭がいいんだなと思います。
評価:
月刊『剣道日本』編集部
スキージャーナル
---
(2003-09)

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土曜日の高揚、日曜日の憂鬱
家で仕事をしながら夜9時頃テレビをつけたら、感謝祭でアッキーナがカートで爆走していました。
あの娘、才能あるでしょ。

それから駅前まで散歩して、なか卯で和風牛丼と冷やしすだちうどんのセットを440円で食べました。
安い。
でも、なか卯のホームページのメニュー表は使えなさすぎです。
店舗ごとにバラエティがあるのかもしれませんが、セットメニューが載ってないのはなぜ?

帰ってから風呂入って、ラジコを聞いていたら、友達から久しぶりに電話がかかってきて、ついさっきまで長話をしていました。
日頃誰にも言えない悩みを聞いてもらえてちょっとストレス解消しました。

今日はもう日曜日。
その次は月曜、火曜、水曜・・たった7日でまた日曜日。
1日は24時間しかなく、1週間は7日しか無い。
1ヶ月は4週と少ししかなく・・・
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お急ぎ便
 いやー、やってしまいました。

前からAmazonプライムはお試し期間経過時に自動更新されるので注意が必要だと知っていたのですが、1ヶ月というのは早いもので、すっかり解約するのを忘れていました。
後日カードの請求書を見るときっちりと¥3900が記載されていました。

とりあえず、1年後の期間満了時には自動更新にならないように設定したのですが、今後1年分の利用はもう取り消せないみたいです。
まあ、私が悪いので仕方ありません。
ネットを見ると運営と交渉して解約した人もいるみたいですが、そもそも私、お試し期間中に1回お急ぎ便を利用しちゃってますし・・(すいません)苦笑

さて、そういうわけでプライム料金を支払うことになった以上は今まで以上にAmazonを有効活用しようと開き直ることにしました。

しかしね、やっぱりプライムは良いですよ。
お急ぎ便は本当にすごい。
東京在住の私の場合、ボールペン1本から送料無料で、かつ昼までに注文したらその日のうちに到着するんですよ。
「あ〜インク切れてきたなあ。あとで文房具屋に新しいの買いに行かなきゃ。」
と思って1日過ごすなら、もうさっさと注文しちゃったほうが早い。

さっきも常用しているサプリを注文しましたが、今日中に着くそうです。
どうせ近所のドラッグストアに行くとしても、日中は忙しいから、なんだかんだで夕方くらいに後回しになる。
それならもう今のうちにAmazon様にお願いしたほうがずっといい。
しかも店頭で買うより安いし。
うちは宅配BOXがあるので、夕方くらいにチェックしに行けばもう着いているだろうというわけです。

すごいサービス、すごい会社ですよね・・・。

昔、ダウンタウンの松ちゃんが言っていました。
「世の中のストレスのほとんどは『遅い』ことから来てんねん。」
よくよく考えたらそうでもない気がしますが、『遅い』ということから来るストレスは意外とデカいということなら確かに深く頷けます。

ヤフオクなんかで出品していても、発送が早いか遅いかを気にする落札者はすごく多いです。
自分が落札者でもそうです。
入金してその日に発送してくれる出品者は「やるな」と思います。
その時点で「非常に良い」はほぼ確定です(まあヤフオクではよほどのことがない限り、評価は「非常に良い」ですけど)。

まあ考えてみたら、何かを欲しいと思うのは「今」の感情であって、そう思っているから「今」注文という行動に走っているわけです。
そうすると、「今」からできるだけ近い時点で希望した物が手に入ると、消費者の満足感は非常に強くなるのは当然です。
もちろん、早く届いて困ることもあるでしょうけど、早く届けることができるなら、遅く届けることも可能なはずですからね。
「今」欲しいと思っている人に、どこよりも早く届けられるというのはすごい強みに違いありません。

当たり前の話のようですが、私の言いたいのは、この早く届いたという満足感が、注文者の感覚的に、ネットショッピングの他のあらゆるサービスに対する満足感の中でも非常に多くを占めるものだということなのです。

これも実は当たり前といえば当たり前の話で、ネットショッピングのデメリットはいくつか挙げられますが、その代表的なものの一つが、今すぐ手に入れられないということだと思うのです。
もう一つは実際に見て触れて確かめられないことです。
しかし後者はその必要があるような物、服とか靴とか家電とか家具とかの自分でその商品の個性や使用感を確かめてから買いたい物で、かつ売り場に行けばそれができる物、あるいは初めて買う物に限られます。
対して、食料品のように売り場で使用感を確かめようがなく、購入前には写真と文章で確認出来る程度の情報しか得られない物、はさみやボールペンのように多くの場合は中等の品質があればよくその個性はさほど着目されない物、あとはリピートする場合のようにすでにその物を熟知していていちいち実物を確かめなくても購入できる物。
これらはネットショッピングでも事足りるわけですが、そうなるとあとはどれだけ早く手に入れられるかがお店で買うか、ネットで買うかの分岐点になると思うわけです。

この要請に応えることができるサービスがあるとすれば、ネットショッピングのデメリットを半分くらい解決したことになる。

確かに、Amazonといえど、注文してから「今すぐ」に届くわけではないから、完全に応えているとはいえませんよ。
でも、問題はそこではなく、私のようにそう「感じている」消費者が多ければいいのです。
「今すぐに必要」という欲求は、意外と「今日中に必要」に置き換え可能なのかもしれません。

流通サービスというのは奥が深い。
Amazonプライム、入っておいて損はなさそうです。
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